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大阪地方裁判所 昭和61年(わ)3794号 判決 1987年8月14日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右の刑に算入する。

押収してあるビニール袋入り覚せい剤結晶一袋を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  タクシーに乗車する際、ドアで左手を挟まれたと因縁をつけて、運転手から金員を喝取しようと企て、昭和六一年八月二三日午前二時五〇分ころ、大阪市淀川区塚本四丁目一番一〇号先路上において、A(当時五二年)の運転する甲野タクシー株式会社のタクシーに乗車し、後部座席のドアが閉まるや、同車両のドアに左手指を挟まれた事実がないのに、「痛い、痛い」などと言い、同所から同区新北野一丁目九番二九号先路上まで運行させ、走行中及び同所に停車中の同車内において、右Aに対し、左手小指を見せ、「運ちゃん、これ見てみい」、「どないしてくれるねん」、「おれは地元のもんや。わかっとるやろ」、「今やったら売上げ全部出したら何もなかったことにしてやる」、「明日になったら入院するかも知れん。一〇万か二〇万になるぞ」、「今直ぐ売上げみなつけろ」などと語気鋭く迫って金員を要求し、もし右要求に応じなければ同人の身体等にどのような危害を加えるかも知れない気勢を示して脅迫し、同人を畏怖させ、よって、同日午前三時ころ、同所において、同人から現金二万円の交付を受けてこれを喝取し、

第二  法定の除外事由がないのに、

(一)  同月二五日午前五時ころ、同区十三元今里一丁目一番四一号十三公園内公衆トイレ東側において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・二グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用し、

(二)  同日午前七時三〇分ころ、同区十三本町一丁目一八番一号先路上において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶〇・一八グラム(ただし、鑑定のため〇・〇一グラム費消)を所持し

たものである。

(証拠の目標)《省略》

(補足説明)

一、被告人の司法巡査に対する昭和六一年八月三一日付、同年九月一日付、同月二日付各供述調書の任意性について

(一)  右各供述調書は、いずれも司法巡査M(以下「M巡査」という。)作成の本件恐喝の事実に関するものであるが、

1 八月三一日付調書は、極く簡単な身上、経歴等に関する供述のほか、「(本件恐喝の事実)で捕まったわけであるが、この件については、やったと思うが、今は詳しく思い出せない」旨の供述、

2 九月一日付調書は、身上、経歴等に関する供述のほか、「今回、(本件恐喝事件)で逮捕されたことはわかっている。何故私がこのようなことをしたかというと、云々」、「運転手が私にまちがいないと言っているのであれば、私がやっているものと思う。私は、そのときに、ドアに指を挟んだといっているが、これは挟んでいないと思う。今から二年ほど前に左手の小指と薬指を骨折し、肉が盛り上がっているので、これを見せたときに運転手もびっくりしてほんとうに挟まったものと思い、私がそのように言ったことで、私の言うとおりしたものと思う」旨の供述、

3 九月二日付調書は、「事件を起こした日時が八月二三日午前三時ころであるということは捕まったときに聞いたりしてわかっているが、私がこの事件を起こしたとき、私の状況としては、云々」、「今回私が事件を起こした日が八月二三日午前三時ころであることからして、このゲームセンターからの帰りか、知人のDのマンションからの帰りにタクシーに乗ったのではないかと思う」、「ゲーム代、ホテル代、覚せい剤代の代金の一部を得るために今回このようなことをしてしまった」、「タクシーに乗った際、指は挟んでいないが、覚せい剤を使用していたことで、自動でドアが閉まることで、軽く左手が当たったかして、挟まれたという錯覚に陥って思わず『痛い、痛い』と叫んでしまったものと思う。それで、このことが原因で、以前同じようなことが原因で金を脅かし取ったことが頭にひらめき、運転手に『売りあげを全部だしたらなかったことにしてやる』などと脅したものと思う」、「Aがまちがいないと言っているのなら、まちがいはないはずである」、「自分自身がやったことにまちがいないことだが、覚せい剤におぼれてしまったことが、自分をこのようにしてしまったと思う」、「タクシーの運転手に対しては、大変申し訳けないことをしたと思う」旨の供述のほか、同年七月末ころから本件恐喝罪により逮捕された日である同年八月二五日までの行動の概略についての供述記載があり、いずれもその末尾には被告人の署名、指印のあることが明らかである。

(二)  ところで、被告人は、当公判廷において、大要次のように供述している。

1 八月二五日に逮捕された後、住所・氏名を含めて一切黙秘していたが、逮捕直後の淀川警察署の取調べ室で、M巡査から、「こじき」、「汚れ」などと言って頭、両肩、胸を手拳で三〇回くらい殴られ、足の届く範囲全部を足蹴にされた。

2 翌二六日午前九時前後に留置場の房で寝ていたら、M巡査が入ってきて「こら、こじき起きんか」と言って胸倉をつかんで引っ張られ、足払で倒されたり、腰を蹴られたり、腕をねじ上げられたりした。房の外の看守台の前で手錠をかけるとき、頭を二、三回殴られ、足を蹴られた。

刑事部屋の入口で、頭の下げ方が足りんといって頭を押さえ込まれ、股のところを蹴られた。

取調べ室で、机で腹を押さえつけられ、顔にたばこの煙をかけられたり、右顔面を五、六回小突かれ、書類で頭を二、三回たたかれた。

3 八月二七日に房の中にM巡査が入ってきて、胸倉をつかんで引っ張られ、刑事部屋の前で頭を押さえられたりした。

取調べ室で、コップの水を顔にかけられ、足払をかけて倒され、右顔面を靴で踏まれ、立ち上がったら後ろから首を締められ、そのとき入れ歯が折れて飛び出し、折れた金具を飲みこんでしまった。

4 その後もM巡査から、取調べのつど、取調べ室で、書類で殴られたり、机を腹に押しつけられたり、胸倉をつかまれたりした。

5 恐喝の事実は、終始認めなかった。八月三一日付、九月一日付、九月二日付調書に署名したのは、M巡査から暴行を受け、怖かったからである。

(三)  これに対し、第三回公判調書中の証人Mの供述部分によると、M巡査は、被告人が供述するような前記暴行等の事実は全くなかった旨供述している。

(四)  しかしながら、第四回及び第五回公判調書中の証人Bの供述と司法巡査作成の捜査復命書、司法警察員作成の捜査報告書によると、右Bは、昭和六一年七月二五日から同年九月二六日まで淀川警察署留置場に勾留され、その間同年七月二五日から同年九月七日まで九号留置室に、同月八日から同月二六日まで七号留置室に在室していたこと、他方被告人は同年八月二五日から同年九月一四日まで少年一号留置室に在室していたこと、少年一号留置室は九号留置室から通路を隔てた北側にあり、少年一号留置室の出入口は東側に、九号留置室の出入口は北側にあって、九号留置室から少年一号留置室の房内は全く見えないが、少年一号留置室の出入口の正面にある看守台の前付近は見通せることが認められる。

そして、右Bは、「八月二七日か二八日ころ、九号留置室に在室中、少年一号留置室で『ドンドン』という物音が聞こえ、被告人の『痛い。何するんや』などと言う声を聞いた。その後、M巡査が被告人の後ろ襟首をつかんで引きずり出し、看守台の前で、大声で『こら、汚れ、物言わんかい。はっきりせえ』などと言い、手拳で被告人の顔を二、三回殴り、足蹴にしているのを目撃した。九月一〇日前後に留置場南側の運動場で被告人と一諸になったとき、被告人から『取調べ室の中でM巡査から殴られ、踏まれ、入れ歯が折れてそれを飲み込んだ』などと聞いた」旨供述しており、同人の供述の信憑性に特に疑問をさしはさむべき点も認められないから、右供述は十分信用できるものというべきである。

更に、証人Cも、当公判廷において、同人が八月三〇日から九月一九日まで淀川警察署少年一号留置室に在室していた際、「被告人から『M巡査に殴られた』ということを聞いたことがある。被告人の足の痣をみたような気がする」旨供述している。

また、第七回公判調書中の被告人の入歯の検証部分によると、被告人の入歯の金具の一方が欠落していることが認められる。

そして、被告人の当公判廷における供述(第一回、第二回、第五回各公判調書中の被告人の供述部分を含む。)を全般的に検討すると、それ自体矛盾する点、取調べ済みの他の証拠や客観的事実と一致せず、明らかに虚偽と認められる点が少なからず存在し、その全てを直ちに信用することはできないが、M巡査の暴行の点については、その回数、程度等につきいささか誇張があると考えられるものの、前記証人B、同Cの各供述や被告人の入歯の状況によって裏付けられており、概ね信用できるものというべきである。

しかして、被告人の検察官に対する昭和六一年九月四日付供述調書、司法警察員Nに対する同月一〇日付、同月一二日付各供述調書、検察官に対する同月一二日付供述調書、司法巡査Oに対する同月一六日付供述調書によると、右各調書はいずれも本件恐喝の事実につき否認していることが明らかであり、これらの事実を併せ考えると、M巡査の弁明にもかかわらず、冒頭記載の被告人のM巡査に対する本件恐喝の事実に関する概括的な自白は、同巡査の暴行に基づくものであることの疑いが濃厚であって、任意性を欠くものと認めるのが相当である。

二、被告人の司法警察員に対する昭和六一年九月一〇日付、同月一二日付(二通)各供述調書の任意性について

(一)  右各供述調書は、いずれも司法警察員巡査部長N(以下「N部長」という。)作成のもので、九月一〇日付調書は本件恐喝の事実につき否認、本件覚せい剤所持の事実につき自白、九月一二日付三枚綴の調書は本件覚せい剤所持の事実につき自白、同日付一五枚綴の調書は本件覚せい剤所持及び使用の事実につき自白、恐喝の事実につき否認を内容とする調書である。

(二)  ところで、右各調書は、いずれも被告人がM巡査の暴行を受けた後にされた供述であるが、被告人の当公判廷における供述によれば、被告人の取調べ官がM巡査からN部長に替ったのは、取調べ室にN部長がきてM巡査が退室した際、被告人がN部長に「体がもたんから替えてほしい」旨依頼して担当を替わってもらったものであり、かつ同人による取調べの際には暴行はなかった、というのであるから、右各調書の記載内容(恐喝の事実につき否認)に徴しても、右各調書の任意性を肯定するのが相当である。

(累犯前科)

被告人は、いずれも大阪地方裁判所で、(一)昭和五七年二月九日恐喝、覚せい剤取締法違反罪により懲役一年六月に処せられ、同五八年八月一四日右刑の執行を受け終わり、(二)その後犯した詐欺、同未遂、恐喝罪により同五九年五月一五日懲役二年に処せられ、同六一年三月二五日右刑の執行を受け終わったものであって、右の事実は、前科調書と右各事件の判決謄本によりこれを認める。

(適用法令)

判示第一の行為につき 刑法二四九条一項

判示第二の(一)の行為につき 覚せい剤取締法四一条の二の一項三号、一九条

判示第二の(二)の行為につき 同法四一条の二の一項一号、一四条一項

累犯加重につき 刑法五九条、五六条一項、五七条

併合罪加重につき 同法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(判示第一の罪の刑に加重)

未決勾留日数の算入につき 同法二一条

没収につき 覚せい剤取締法四一条の六

訴訟費用につき 刑訴法一八一条一項但書

(裁判官 喜久本朝正)

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